とうふさんとわたし

 f:id:pomopoke:20210715232643p:plain

 

とうふさんと一緒に暮らしてから、もう2年と2ヶ月になります。わたしはずっとをお仕事をしているのですが、一方のとうふさんは働いてくれません。

 

このことを話すと、みんなから労られたり驚かれたり励まされたり、あるいは訝られたり‥‥へんな目で見られたりするのです。「大変だね」‥‥って。目を丸くして言うのです。

 

けれどもわたしは、そのことが「大変」だなんて、思ったことがありません。

 

とうふさんにはとうふさんなりの事情があるのですし、とうふさん自身にも、きっと思うところがあるはずです。

 

だからなのか、とうふさんがパチンコに勝った日には、マルハンの近くのお弁当屋さんで、いちばん高いお弁当(エビフライが2本も入っているのです!)を買ってきてくれます。とうふさんと一緒にそのお弁当を食べていると、切れかけの電灯もわたしの気持ちも、ぱあっと明るくなるのです。

 

とうふさんとわたしの誕生日

 

わたしはこれから、わたしととうふさんの間柄のひとつの出来事について、できるだけわかりやすくて、ありのままの事実を語ってみようと思います。それはわたしにとって忘れがたい思い出であると同時に、たとえばかえしのついたトゲのように、深く刺さって抜けないものでありました。

 

それは2年前のわたしの誕生日の出来事ですから、わたしはその日に成人を迎えたということになります。このころはとうふさんと同棲を始めていくばくも経っていませんでしたから、わたしはとうふさんのことをよく知らず、またとうふさんもわたしのことをよく知りませんでした。わたしがクラシック音楽が好きなことも、ウイスキーにレモン入れたがることも。そして、当時のとうふさんは利己的な理由でわたしと同棲していましたから、祝い事や特別な催しをやる空気というものは、とんとありませんでした。

 

ですから、わたしはハナから誕生日パーティなんかする気がなかったわけで、その日のはふつうに過ごすと決めていたわけです。自分の布団だけを畳んで、コーヒーを淹れて、鍵をあけたまま(とうふさんは合鍵を持ち歩かないのです)仕事に行きました。

 

そうしたら、駅に着くまでの道で、とうふさんとすれ違ったのですね。「ヨッ財布チャン😁いい天気ネ✋今日は遅くなっても構わんよ✌️」‥‥どうやら機嫌がいいと見えました。「かまわんよ」は「家に帰ってくるな」ということです。首筋にキスマークなんかこしらえていましたからムカっともしたのですけれど、うん晴れてて気持ちいいね、明日はご飯いっしょに食べようね、なんて返して、仕事に向かいました。

 

仕事のとき、同僚に誕生日を祝われました。誕生日おめでとう。これで堂々とお酒が飲めるね、なんてやりとりをしていたのです。わたしはもっぱら同僚のリップの色を気にしていました。とうふさんの首筋についたシマリングピンクと同じものだったからです。

 

もっともわたしも同僚も職業が職業ですし、いろいろな男の人を相手にしていますから、とうふさんと同僚が会っていても不自然ではありません。もっともとうふさんの性事情にとやかく言うつもりはありませんでしたし、あまり関知すべきではないことでしたから、そのまま話を終えるつもりでした。

 

ところが、向こうからこういう話をしてきました。「昨日はきみのことを根掘り葉掘り聞いてくる客がいて大変だった。たぶん、あなたの誕生日にズルをしたかったんだろうね」

 

帰路につき居間に入ると、とうふさんはとっくに眠ってしまったようでした。ちゃぶ台に置かれたタバコの空き箱には、ワーグナーのチケットが入っていました。その日は鍵を閉めて玄関チェーンをかけて、とうふさんの背中を見ながら朝まで眠りました。